2009年12月12日土曜日

Solitary Woman

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----- Jazz Story #6 -----

  「Solitary Woman」 水城雄


 洗濯ものがまだ干しっぱなしになっていた。
 まっ暗な部屋に帰ってきた彼女は、あわててベランダに出て、乾ききった衣類を取りこんだ。
 部屋の蛍光灯は明るすぎる。
 六畳ひと間。夫と別れ、生まれ故郷から出てきた彼女には、それがせいいっぱいだった。頼れるのは、古い男友だちがひとり。彼のほうも離婚したと聞いていたのに、たずねてみると新しい恋人と暮らしていた。
「とにかく、口をきいてやるから、面接だけでも受けてみろよ」
 と、知り合いの会社を紹介してくれた。迷惑顔でもありがたかった。
 床にすわりこみ、取りこんだ衣類をたたみながら、昼間のことを思いだしていた。
「ちょっといいですか」
 女から突然声をかけられ、思わず答えてしまった。
「なんです?」
「よろしければアンケートに答えてくれませんか。美容に関する簡単なアンケートです。お時間は取らせませんので」
 キャッチセールスだろう。話には聞いたことがあった。実際に見るのは初めてだ。
 女の年齢はこちらより少しだけ上だろうか。
「すみません、急いでいるので」
 これから面接に行こうとしていた。心も身体も冷たく緊張していた。
 すると女は、ぱっと手を伸ばすと、こちらの腕をぐっとつかんできたのだ。
「痛いです、放してください」
 びっくりして腕をふりほどこうとすると、女はさらにぎゅっと指に力をこめた。
 目が合った。その瞬間、女がいった。
「気取ってんじゃないよ」
 さっと腕を引き、立ち去った。
 しばらく動くことさえできなかった。これが都会というものなのか。
 面接会場に着くと、会社の男にいわれた。
「どうかしたんですか。顔色が悪いですよ」
 シャツの皺を伸ばしてたたみながら、そんなことを思いだしている。
「採用の場合は、あとで連絡します」
 携帯電話にかけてくれるように頼んだ。不採用の場合は、連絡はなし。
 私はこれからどうなるのだろう。
 ひとりぼっちだ。友だちはいない。仕事もない。明るすぎる蛍光灯を取りかえるお金もない。
 明日もまた、この街に向かっていけるのだろうか。
 べつに気取ってなんかいない。なにをどうしていいかわからないだけだ。
 そのとき、開けたままだったベランダのドアから、音楽が聞こえてきた。
 ラジオの音ではない。CDの音でもない。だれかがギターを弾いているのだ。
 不思議な音色のギターだった。聞いたこともないメロディ。聞いたこともないサウンド。
 近くだ。たぶん、おなじアパートの別の部屋からだろう。
 彼女は洗濯物をわきへどけると、立ちあがり、ベランダに立った。
 静かで、不思議なギターの音色が、大きな飛行船の影のように彼女を包みこんだ。
 ギターの音がやんだ。
 ポケットの電話が鳴りはじめた。

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