2009年12月4日金曜日

Here's That Rainy Day

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----- Jazz Story #11 -----

  「Here's That Rainy Day」 水城雄


 そうなんだ、ひとり。
 珍しい? そうかな。そうか。そうだな、このところ、ひとりで来ることなんてなかったね。
 いつもの。オンザロックで。いや、ダブルじゃなくてシングルで。
 今日は静かだね。
 そんなことはないだろう。つぶれやしないさ。今日はたまたまだろう。いつも繁盛してるじゃないか。だから、最近はなんとなく来にくくってさ。
 もう何年になる、ここ? 10年? すごいじゃないか。やらないの、10周年とか?
 ふうん、そりゃマスターらしいや。そのほうがいいかもな。うん、そのほうがいい。
 それにしても、今日び、どんなことだって10年も続けるってのは大変なことだ。えらいよ、マスター。おれみたいに、ただ会社にぶらさがって、給料をもらってるだけじゃないもんな、こういう客商売は。
 いや、お世辞じゃないって。本気だよ。本気でいってる。
 これ、だれ?
 ギターデュオ? 最近の? 珍しいじゃない。
 なんて読むんだ、これ。ジーン・ベルト……ベルトンチーニ? イタリア系かい? それとジャック・ウイルキンス。
 いいじゃない。気にいったよ。おれも買おうかな。
 お、ライブなんだ。
 こいつらも10年も20年もきちんとギターに向かい合ってやってきたんだろうな。じゃなきゃ、こんな演奏、できないもんな。
 男と女だって、10年続けるのは大変なことさ。そう思わないか、マスター?

 彼の前には、バーボンのはいったグラスが置かれている。
 バーボンはメイカーズマーク。いつもこれを飲んできた。
 かかっているのは、「ヒヤズ・ザット・レイニー・デイ」。これも彼の好きな曲だ。この聞きなれないギターデュオの演奏もいい。
 静かな演奏の、音がとぎれる合間に、グラスのなかの氷がとける音が聞こえそうな気がする。
 彼は上着の内ポケットに煙草をさぐった。
 そうだ、ちょうど切らしていたんだ。
 と、目の前に、一本振り出した煙草の箱が差し出された。彼が吸っている銘柄だ。マスターが吸っているものとはちがう。
 昨日、彼女が来ましてねと、マスターがいった。そういえば、彼女はときどき、もらい煙草をして、一本だけ吸うことがあった。
 抜き取り、口にくわえると、マスターがライターで火をつけてくれた。
 煙草のかおりは、彼女の思い出を運んでくる。
 彼はバーボンの残りをひと息にあおった。
 しかたがないさ。もとからわかっていたことじゃないか。おれには妻も子どももいる。いつまでもつづくようなことじゃなかった。2年? 3年? 10年も20年もつづくなんて、彼女も信じていたわけじゃないだろう。
 胃を熱くするアルコールの感触。
 わずかに甘い煙草のにおい。
 静かなギターの音色。
 そして、思い出はいつも、苦い。

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