2009年12月22日火曜日

セカンドステージ

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----- Jazz Story #13 -----

  「セカンドステージ」 水城雄


 それはセカンドステージのことだった。
 いつものように、ひとり、ピアノを弾いていると、女がおれのすぐ前に座った。ピアノのまわりにもカウンターが切ってあって、そこでも酒が飲めるようになっている。
 女がまっすぐにおれを見つめた。
 高校生のガキみたいに、どぎまぎしてしまいそうになる。
 そのとき弾いていた「ソフィスティケーティッド・レディ」に集中する。ダイアトニックなコード進行を多用した、けっこうややこしい曲なのだ。
 と、女が言った。
「なにがあってもそのまま弾きつづけてね」
 なに? おれはピアノを弾きつづけながら、聞き返した。リズムをくずすことなく客と会話するなんてのは、いつもやっていることだ。どうってことない。
「ピアノの下であたしの銃が、あなたの股間をねらっているわ」
 なんだ? いったいなにを話しているんだ?
「うそじゃない。ベレッタM一九二六。知り合いから買ったの。あなたを殺すために」
「おれを殺す? なんのために」
 頭がおかしいのか、この女。
「演奏をつづけてね。演奏が止まったら撃つわ。リズムを乱しても死ぬわよ」
「なぜこんなことをする」
「恨みをはらすため。あたしのリクエストを全部まちがえずに弾けたら、命だけはたすけてあげる」
 そういって、女はピアノの下からちらりと手をあげてみせた。
 たしかにその手には、小ぶりの銃が握られているのだった。

 おれは女のリクエストで「ラブ・フォー・セール」を弾いていた。
 リクエストは全部弾くこと。もし弾けなかったら、その場で撃ち殺される。
コード進行やリズムを間違えても、殺される。おれのこのステージの持ち時間は、あと十五分ばかり。
そのあいだ、無事に演奏を終えられれば、命は助けてもらえるという。
 女が一方的に押しつけてきたルールだ。銃の威力を使って。
 おれがなにをしたっていう?
「やっと見つけたの、この店。さんざん探したわ」
「悪いが、きみのことを覚えていないようだ」
「あなたらしいわ。そうやって人を死ぬほど傷つけて平気なのよ」
「おれがきみになにをしたのか、教えてくれないか」
「ごめんだわ。教えない。次のリクエストよ。ニアネス・オブ・ユー」
 幸い、知っていた。
 ジャズのスタンダードナンバーを知っているというのは、メロディとコード進行を覚えていることを意味する。
 おれがニアネス・オブ・ユーを弾きはじめると、女はいった。
「命拾いしたわね。でも、次の曲はどうかしら」
 いったいこれはどういうゲームなんだ。
「せめてきみの名前を教えてくれないか」
 おれは過去、関係のあった女の顔を思い出しながら、たずねた。しかし、記憶のなかに目の前の女の顔はない。けっこうな美人だというのに。
「教えない。あなたにはすでに一度、教えたから」
 混乱したまま、ニアネス・オブ・ユーを弾きつづけた。
「次のリクエストは、オール・オブ・ユーよ」
 それを聞いて、おれは思い出した。この女のことを。
 オール・オブ・ミーという曲がある。おれはその曲と、似た題名のオール・
オブ・ユーを、混乱して覚えることができないのだ。そんな話をしたことがある。
 どちらかがCのキーで、どちらかがEフラットのキーだ。
「弾くのをやめる?」
 せかされて、おれは決断した。そしてCのキーで弾きはじめた。
「それはオール・オブ・ミーだわ」
 女がいった。うれしそうに。

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