2009年10月10日土曜日

Death Flower

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----- MIZUKI Yuu Sound Sketch #45 -----

  「Death Flower」 水城雄


 水を汲みに行くといって天幕を出たきり、安藤はなかなかもどってこなかった。
 風が吹くたび天幕がはためき、隙間からとめどなく砂が侵入してくる。そのさざなみの形の模様のあいだに、なにか動くものを私は認め、目をこらした。
 サソリだ。白いものをいただいた山脈をはるかに望めるようになったころから、ときどき見かけはじめた。小指の先ほどの小さなもので、むしろかわいらしいとさえ思えるほどだが、その尾の切っ先には大男ひとりを即死にいたらしめる猛毒がしこまれている。
 今回の探索行の案内役である安藤は、サソリに刺されたことがあるという。七日七晩、発熱して昏睡状態におちいり、生還したのが奇跡のようだったという。本当かどうかはわからない。安藤は階級こそ少尉と私より格下だが、年齢は五歳ばかり上だ。もう三十を越えている。が、虚言癖があり、どこか信用できないところがある。
 いまも、水を汲みに行くとはいっていたが、本当はなにをしに出たものだか、わかったものではない。通信機をコブにくくりつけたラクダのところまで行き、秘密の通信をおこなっているのかもしれない。
 しかし、私には任務があり、油断するわけにはいかない。なんとしても即仏花を手に入れて帰らねばならぬ。
 それはこの砂漠の奥深く、六十九年にたった一度咲くといわれている花で、それを食べた者は即身仏となって浄土に行くという。実際私も、穏やかな顔つきのまま涅槃に入った軍医の森大尉を見ている。彼はまるで死にながら生きているようであり、また生きたまま死んでいるようでもあった。日々見苦しい所作でジタバタと動きまわり、飲み食いせずには生きていられない生者であるわれわれに比べ、じつに美しくすがすがしいお姿であった。
 森大尉が証明しているように、今年は即仏花が咲く年にあたっている。大尉はいったいどこで即仏花を見つけたのか。砂漠のはるか奥であることだけはたしかだった。
 即仏花を手に入れ、本土に持ちかえり、軍を即身仏のもと神仏《かみほとけ》の国として世界に知らしめ、帝国一丸となって大世界帝国を築いて全世界を統べること。大世界帝国によって統一された世界は、人類史上初めて真の平和がもたらされることになる。それが軍の最高頭脳による統治論である。
 そのため、軍の最高位からの極秘任務として、即仏花の入手の任が私に下された。なんとしても発見し、持ちかえらなければならない。
 が、私は、安藤が敵のスパイなのではないかと思う。私の動きを逐一何者かに報告しているようなのだ。そして、即仏花を発見したら、ただちに私を殺害し、花を何者かに売り渡そうとしているのではないか。
 天幕の外に安藤のもどってくる足音がした。
 私は、先ほどまで飯を食っていた箸を取ると、砂のくぼみにじっと身をひそめている小さな昆虫のほうに膝でにじりよっていった。

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