2009年10月28日水曜日

眠らない男(ひと)

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----- Urban Cruising #14 -----

  「眠らない男(ひと)」 水城雄


 わたしが眠りにつくとき、彼は目をさましている。
 わたしが目をさましたときも、彼は目をさましている。
 彼はけっして眠らない人なのだ。

 どうして彼はわたしを選んだのだろう、とよく考える。
 あるいは、どうしてわたしは彼に選ばれたのだろう、と。
 わたしは、ドジでわがままな女だ。とりたてて美人でもなければ、スタイルもよくない。背も高くないし、顔はソバカスだらけだ。
 わたしの毎日は、失敗の連続だ。
 ヤカンを火にかけていたことを忘れて、黒コゲにしてしまう。
 ホットケーキを引っくりかえそうとして、床に落としてしまう。
 トーストはかならず、バターのついたほうを下にして落としてしまう。
 洗い物ではかならず、コップを割ってしまう。
 ご飯は、硬すぎるか、柔らかすぎるようにしか炊けない。
 掃除機を振りまわしては、花瓶を割ってしまう。
 読んでいる本にはソースをこぼし、新聞にはコーヒーをぶちまけてしまう。
 買ってきた卵はかならず割ってしまうし、豆腐はきっとくずしてしまう。
 階段ではつまずく。
 キーをつけたまま、車のドアをロックしてしまう。
 キャッシュカードはどこかに置き忘れる。
 財布は電話ボックスに忘れてきてしまう。
 セーターを洗えば、ツーサイズも縮めてしまう。
 こんなわたしを、どうして彼は選んでくれたのだろう。
 彼はいう。そんなことを気にすることはないよ。そんなつまらないことを。きみにはもっと大切な、すばらしいことがあるんだから、と。
 そんなことって本当だろうか。
 うたがうわたしの顔を、彼はじっと見つめているばかりだ。

 彼に会っていなかったら、わたしはどうなっていただろうか、とよく考える。
 わたしのような女をつかまえていてくれる人は、彼のほかにいただろうか。
 幼いころからわたしは、まぬけな女だった。おまけに神経質で、すぐに興奮する。
 せっかく旅行に連れていってもらっても、つまらなそうにだまりこくっているかと思えば、急におうちに帰りたいとぐずりだす。
 話しかけられても返事はしないし、近所の人にも挨拶はできない。
 毎日のようにいじめられて帰ってくるし、そのくせ熱があってもかくして学校に行こうとする。
 好き嫌いははげしいし、気にいらない服は絶対に着ようとしない。
 宿題は忘れる。
 せっかくおみやげに人形をもらっても、気にいらなければ押入の奥に隠してしまう。
 彼に会っていなかったら、わたしはどうなっていたのだろう。わたしが日々しでかすことの後始末を、彼はきちんとやっていってくれる。彼がいなければ、わたしはいったいどうしていいのかわからない。
 わたしが眠りにつくとき、彼はいつも起きている。起きてわたしの顔を見つめている。
 そして彼はいうのだ。
 なにも心配することはない。なにも気にしなくてもいいんだ。
 と。

 わたしが眠りにつくとき、彼が眠っているのを、わたしは見たことがない。
 わたしが眠りにつくとき、彼はいつも目をさましている。
 わたしが目をさますとき、彼はもう目をさましている。わたしが目をさましたとき、彼が眠っているのを、わたしは見たことがない。
 わたしがふと夜中に目をさましたとき、彼はきっと起きている。わたしが夜中に目をさましたとき、彼が眠っているのを、わたしは見たことがない。
 そんなとき、わたしは彼にたずねる。
 あなたは眠らないの? と。
 彼はこたえる。ああ、ぼくは眠らないのだ、と。
 わたしは彼にたずねる。
 あなたはどうして眠らないの? と。
 すると彼はこたえる。きみを見ているのだ、と。きみを見ていなければならないから、ぼくは眠らないのだ。ぼくはきみを見ていなければならないから、けっして眠らないのだ。
 きみはなにも心配することはない。なにも気にしなくてもいいんだ。
 ぼくはけっして眠らずに、ここにこうやっているから。
 わたしは彼のその言葉を信じることができる。
 彼はけっして眠らない。
 彼はけっして眠らない。

2 件のコメント:

  1. 鈴木あい子です。
    お借りしていきます。
    彼の正体が気になる…!!!

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  2. お借り致します。

    見入ってしまいます!

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