2009年10月25日日曜日

ある夏の日のレポーター

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----- Jazz Story #18 -----

  「ある夏の日のレポーター」 水城雄


 いやだ、日焼け止めを塗るのを忘れたわ。
 加奈子は空を見上げ、顔をしかめた。
 ぎらつく太陽が照りつけている。
 もう何日雨が降っていないんだっけ。首都圏の水がめのダムは、ほとんど干上がりかけているという。
 そんななか、殺人事件現場のレポートだなんて、最悪だ。
 でも、文句はいえない。いわない。だって、やっとありついたレポーターの仕事なんだから。
 スタジオではキャスターと局アナが番組を進行している。もうすぐこちらに中継がまわされるはずだった。
 初めての生中継だ。口のなかが緊張でからからだ。日焼け止めどころじゃない。
 汗でべとつく手に、マイクを握りなおす。クリップボードをもう一度チェックする。口のなかで小さくつぶやいてみる。
「現場からお送りします。昨夜発生した一家惨殺事件は、警察の懸命の捜査にも関わらず、いまだに手がかりをつかめておりません。犯人が残したとされるTシャツには……」
「おねえちゃん、なにしてんの?」
 見ると、かたわらに五歳くらいの男の子が立っている。
「ちょっと、ボク、どうやってここに……だめよ、ここに来ちゃ。いま、おねえちゃん、仕事してるんだから、あっち行っててね」
 見回したが、ついいましがたまでそこにいたスタッフが、だれもいない。カメラマンまでカメラをその場に残したまま、いなくなっているのだった。
 子どもがまたいった。
「ねえ、おねえちゃん。これ、テレビ?」
 子どもは無邪気な顔で加奈子を見上げていた。
 さらさらした髪が、風に揺れている。髪が風にふわりと舞って、ひたいに傷跡が見えた。転んだかなにかしたのだろう、そう古い傷ではないそうだ。
 それにしても、暑さにうだっているこちらとは違って、別世界の住人のように涼しげな顔をしている。汗ひとつかいていないのだ。こちらはベタつく汗に化粧が落ちないか気になってしかたがないというのに。
「ぼくもテレビに映る?」
「だめよ、ボク。ボクがここにいたら、おねえちゃん、仕事できないの。わかる? お願いだから、向こうに行っててくれないかなあ」
 加奈子は子どもが苦手だった。好きとか嫌いということではなく、どう扱っていいのかわからないのだ。身近に子どもがいないせいもあるだろう。もちろん彼女自身、結婚もしておらず、子どももいない。
「ボクがここにいると、おねえちゃん、困る?」
「そうなの。ごめんね。お仕事だから。ちょっとだけあっちに行っててくれない? ママはいないの?」
「ママ、いない」
 ぽつんという。
「パパもいない。みんないなくなったんだ」
 そういい残すと、くるりと背を向けて、行ってしまった。
 カメラマンが戻ってきた。
「だれと話してたんだい?」
「子ども。知らない子。五歳くらいの小さな子。そういえば、ここで殺された一家の子どもも、五歳だったわね」
「そうなんだ。かわいそうに、なんの罪もないのにな。ひたいを割られてね」

1 件のコメント:

  1. 鈴木あい子です。こちらもお借りします。
    これからの季節にぴったりで、ひんやりと、少しもやっと残る感じが好きです。

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